富士ガリバー王国の現在は?閉園から20年…廃墟テーマパークの今

あの巨大なガリバー像で話題になった富士ガリバー王国を覚えていますか?

山梨県の富士山麓にあったこのテーマパークは、わずか4年という短い期間で閉園し、その後は心霊スポットとして有名になりました。

閉園から20年以上が経った今、この場所はどうなっているのでしょうか。

廃墟として残っているのか、それとも別の施設に生まれ変わったのか。

今回は富士ガリバー王国の現在の状況と、閉園に至った経緯について詳しく見ていきましょう。

目次

わずか4年で消えた!富士ガリバー王国って何だったの?

富士ガリバー王国は、1997年から2001年まで山梨県富士河口湖町にあったテーマパークです。

ガリバー旅行記をテーマにした施設で、多くの人に愛されていました。

しかし、運営期間はたった4年間という短命なテーマパークとなってしまいました。

その理由には複数の要因が重なっており、現在では幻のレジャーランドとして語り継がれています。

45mの巨大ガリバー像がシンボルだったテーマパーク

富士ガリバー王国の最大の特徴は、なんといっても45メートルもの巨大なガリバー像でした。

この像は遠くからでもはっきりと見える大きさで、訪れる人々を圧倒していました。

ガリバー像の内部は展望台になっており、富士山の絶景を楽しむことができました。

また、像の周りには小人の国をイメージしたアトラクションが配置され、まるで本当にガリバー旅行記の世界に迷い込んだような体験ができたのです。

園内には他にも様々な施設があり、家族連れや観光客に人気のスポットとして親しまれていました。

特に子どもたちにとっては、巨大なガリバー像と一緒に写真を撮ることが人気でした。

山梨県の富士ケ嶺地区にあった幻のレジャーランド

富士ガリバー王国があったのは、山梨県富士河口湖町の富士ケ嶺地区です。

この場所は富士山の北麓に位置し、標高が高いため富士山の美しい姿を間近で見ることができる絶好のロケーションでした。

富士五湖エリアの観光地としても知られており、多くの観光客が訪れる場所でした。

しかし、アクセス面では決して便利とは言えず、車でなければ訪れるのが困難な立地でもありました。

周辺には富士急ハイランドなどの大型テーマパークもあり、観光地としての競争は激しい地域でした。

この立地条件が後に経営に大きな影響を与えることになります。

閉園から20年経った今の跡地は何もない更地状態

現在の富士ガリバー王国跡地を訪れても、かつてのテーマパークの面影は全く残っていません。

あの巨大なガリバー像も、アトラクションも、建物も、すべて解体されて更地になっています。

多くの人が期待して訪れる場所ですが、実際には何もない平らな土地が広がっているだけです。

それでも、この場所に足を運ぶ人は後を絶ちません。

2007年に建造物が完全解体されて痕跡なし

富士ガリバー王国の建造物は、2007年に完全に解体されました。

あの象徴的だった45メートルのガリバー像も、この時にすべて取り壊されています。

解体工事は徹底的に行われ、基礎部分まで含めてすべての構造物が撤去されました。

現在では、かつてここにテーマパークがあったことを示す物理的な証拠は何も残っていません。

解体の理由は安全面への配慮でした。

廃墟状態が長く続いていたため、建物の老朽化が進み、不法侵入者による事故の危険性が高まっていたのです。

そのため、所有者が完全撤去を決断したというわけです。

現在は立入禁止の駐車場になっている

跡地は現在、隣接する富士クラシックゴルフ倶楽部の駐車場として活用されています。

一般の人は立ち入ることができず、フェンスで囲まれた状態になっています。

それでも、多くの人がこの場所を訪れます。

車やバイクで来て、フェンス越しに跡地を眺めたり、富士山の景色を楽しんだりしています。

かつてのテーマパークの思い出を胸に、この場所を訪れる人も少なくありません。

駐車場としての機能は果たしていますが、一般開放はされていません。

ただし、周辺の道路からは自由に見ることができるため、多くの人が写真撮影などを楽しんでいます。

なぜ閉園した?経営破綻の裏側にあった3つの問題

富士ガリバー王国がわずか4年で閉園に追い込まれた背景には、複数の深刻な問題がありました。

これらの要因が重なり合って、最終的に運営継続が困難になったのです。

経営破綻の原因を詳しく見ていくと、立地や風評被害、資金調達の問題など、様々な困難に直面していたことがわかります。

オウム真理教のサティアンがあった場所で風評被害

富士ガリバー王国が建設された場所は、実はオウム真理教の施設があった土地でした。

1995年の地下鉄サリン事件後、この事実が広く知られるようになり、大きな風評被害を受けることになりました。

多くの家族連れが「あの場所には行きたくない」と敬遠するようになり、集客に深刻な影響を与えました。

特に子どもを持つ親にとって、この場所に対する不安感は強く、客足が大幅に減少する原因となりました。

テーマパーク側も風評被害の払拭に努めましたが、一度ついてしまったマイナスイメージを覆すのは容易ではありませんでした。

この問題は開園から閉園まで、常に経営の足かせとなっていたのです。

富士急ハイランドとの競合で客足が伸び悩み

同じ山梨県内には、すでに富士急ハイランドという大型テーマパークがありました。

富士急ハイランドは絶叫マシンで有名で、全国的な知名度も高く、強力な競合相手でした。

富士ガリバー王国は家族向けのテーマパークとして差別化を図りましたが、結果的に客足は思うように伸びませんでした。

観光客の多くは、より有名で設備の充実した富士急ハイランドを選ぶ傾向にありました。

また、アクセス面でも富士急ハイランドの方が優位でした。

電車でのアクセスが可能な富士急に対し、富士ガリバー王国は車でしか行けない立地だったため、この点でも不利な状況にありました。

新潟中央銀行の経営破綻で資金調達困難

富士ガリバー王国の運営会社は、新潟中央銀行と密接な関係がありました。

しかし、1999年に新潟中央銀行が経営破綻したことで、資金調達が極めて困難になりました。

テーマパークの運営には多額の維持費用が必要ですが、メインバンクの破綻により新たな資金調達の道が断たれてしまいました。

設備の更新や新アトラクションの導入もできなくなり、競争力が大幅に低下しました。

最終的に、資金繰りの悪化により2001年に閉園せざるを得なくなりました。

もしメインバンクの問題がなければ、違った結果になっていた可能性もあります。

閉園後に「ザ・ドッグラン」になったけど1年で営業停止

閉園後の富士ガリバー王国跡地は、しばらく放置された状態が続きました。

しかし、2004年に新たな試みとして犬の施設「ザ・ドッグラン」がオープンしました。

この施設は犬と飼い主が一緒に楽しめる場所として企画されましたが、残念ながら短期間で営業を停止することになりました。

2004年8月に犬の施設として復活を試みる

ザ・ドッグランは、犬を自由に遊ばせることができるドッグランをメインとした施設でした。

広大な敷地を活用して、犬と飼い主が一緒に楽しめる空間づくりを目指していました。

当時、ペットブームの影響もあり、このような施設への需要は高まっていました。

富士山の麓という自然豊かな環境は、犬を遊ばせるには理想的な場所でもありました。

オープン当初は多くの犬愛好家が期待を寄せ、週末には多くの人が訪れていました。

ガリバー王国時代の一部の施設も活用され、新たなスタートを切ったかのように見えました。

アクセスの悪さで翌年には事実上閉鎖

しかし、ザ・ドッグランも元のテーマパークと同じアクセスの問題を抱えていました。

車でしか行けない立地は、犬の施設としても大きなハンディキャップとなりました。

また、近隣にも犬を遊ばせることができる場所が増えてきたため、わざわざ遠くまで来る必要性が薄れていきました。

リピーターの確保も困難で、徐々に来場者数が減少していきました。

結果的に、2005年には事実上の営業停止状態となり、短い復活劇は幕を閉じることになりました。

この後、施設は再び放置されることになります。

廃墟時代は心霊スポットとして有名だった

ザ・ドッグランが営業停止した後、富士ガリバー王国跡地は長い間廃墟状態が続きました。

この期間中、この場所は心霊スポットとして全国的に有名になりました。

巨大なガリバー像が朽ち果てていく様子は確かに不気味で、多くの心霊愛好家や肝試しをする人たちが訪れるようになりました。

「ほんとにあった!呪いのビデオ」のロケ地に使用

廃墟時代の富士ガリバー王国は、テレビ番組「ほんとにあった!呪いのビデオ」のロケ地として使用されました。

この番組での紹介により、心霊スポットとしての知名度が一気に高まりました。

番組では、朽ち果てたガリバー像の不気味さや、夜間の園内の雰囲気が紹介されました。

これをきっかけに、多くの人がこの場所を心霊スポットとして認識するようになったのです。

メディアでの紹介は、良くも悪くも大きな影響力を持ちます。

この場合は、廃墟としての不気味さが全国に知れ渡ることになりました。

不法侵入者による落書きで不気味さが増していた

廃墟時代には多くの不法侵入者が訪れ、建物や像に大量の落書きをしていきました。

これらの落書きが、さらに不気味な雰囲気を演出することになりました。

特にガリバー像に描かれた落書きは、元々の巨大さと相まって非常に不気味な見た目になっていました。

夜間に訪れる人たちにとって、これらの落書きは恐怖心を煽る要素となっていました。

しかし、不法侵入は犯罪行為であり、また事故の危険性も高まっていました。

このような状況が続いたことも、最終的な完全解体の決定要因の一つとなりました。

現在の跡地は富士山の絶景スポットに変わった

建物がすべて解体された現在、富士ガリバー王国跡地は意外な形で人々に愛される場所となっています。

何もない更地になったことで、逆に富士山の美しい景色を楽しめるスポットとして注目されるようになりました。

廃墟として恐れられていた場所が、今では癒しの景色を提供する場所に変わったのです。

車やバイクで訪れる人たちに人気の景色スポット

現在の跡地は、車やバイクでツーリングを楽しむ人たちの人気スポットになっています。

標高が高く、富士山を間近で見ることができる絶好のロケーションだからです。

週末になると、多くのライダーや車愛好家がこの場所を訪れます。

かつてのテーマパークの思い出話をしながら、富士山の景色を楽しむ人も多く見かけます。

SNSでも「富士山が綺麗に見える穴場スポット」として紹介されることが増えており、新たな魅力を発見する人が後を絶ちません。

廃墟時代とは正反対の、明るい雰囲気の場所になっています。

隣接する富士クラシックゴルフ場の駐車場として活用

跡地の一部は、隣接する富士クラシックゴルフ倶楽部の駐車場として有効活用されています。

ゴルフ場利用者の駐車場として機能しており、土地が無駄になることなく活用されています。

ゴルフ場からも富士山の絶景を楽しむことができ、プレーヤーにとって魅力的な環境となっています。

かつてのテーマパーク跡地が、新たな形で人々の楽しみに貢献しているのです。

駐車場としての機能を果たしながらも、この場所を訪れる多くの人にとって、富士山の美しさを再発見する場所となっています。

過去の記憶と現在の美しさが共存する、特別な場所になったと言えるでしょう。

まとめ

富士ガリバー王国は、45メートルの巨大ガリバー像で多くの人に愛されたテーマパークでしたが、風評被害や競合、資金調達の問題により4年間で閉園となりました。

その後、ドッグランとしての復活も短期間で終わり、長い間廃墟として心霊スポットとして知られていました。

現在では建物はすべて解体され、更地となった跡地はゴルフ場の駐車場として活用されています。

同時に、富士山の絶景を楽しめるスポットとして、新たな魅力を発見する人が増えています。

過去の栄光と挫折を経て、この場所は今、静かで美しい景色を提供する場所として生まれ変わりました。

富士ガリバー王国の思い出を胸に、この場所を訪れてみてはいかがでしょうか。

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